ヘチマコロン®

大正4年の誕生から、ついに100年
祖母から母へ、母から私へ
キレイは、ずっと受け継がれていく

ヘチマコロン®

ブランドについて

民間伝承の美人水、ヘチマ水が「ヘチマコロン」として、植物由来の本格化粧品として新発売されたのは、株式会社 大山の創業6年前にさかのぼる大正4年(1915)のことでした。

明治が終わって都市文化が花開き、女性の意識が変わり、よりよい暮らし、消費文明に目覚めた時代。

そんな時代の風を背に受けながら、「ヘチマコロン」は天野源七商店によって売り出され、大正文化をリードする女性たちの圧倒的な支持を得て、たちまち化粧水の代名詞となりました。

商品の魅力もさることながら、竹久夢二を起用したりトーキー映画に広告を出すなど、当時としてはメディア戦略も画期的で、それ自体が大正文化の一翼を彩っていたのです。


昭和に入り、太平洋戦争の勃発に伴って天野源七商店は事業を縮小し、昭和27年に解散してしまいます。しかし、その翌年には株式会社ヘチマコロンとして事業を再興。そして現在に至るまで、弊社が総代理店として全国流通のお手伝いをしています。

昭和50年代の自然派化粧品ブームにより一気に需要が伸びたヘチマコロンは、量産体制を整備しながら全国規模での広告活動をスタートしました。

祖母から母へ、母から娘へ。

ヘチマコロンは、キレイの遺伝子を引き継いでくれるロングセラー化粧品の代表として認知されてきただけでなく、独自のライフスタイルを持つ感性豊かな女性たちの圧倒的な支持を再び得たのです。

1980年代後半には高級タイプの化粧水「ヘチマコロン ピュア」や乳液、クレンジングフォームなどの関連アイテムを追加し、トータルスキンケアブランドとしての地位を確立しました。

その後もさらに、お得なビッグボトルや携帯に便利なミニセット、使いやすいスプレータイプや全身用ジェル状ローションなど、定番商品の豊富なバリエーションの他、「あづき®洗顔料」もシリーズ商品としてラインナップしています。


「ヘチマコロン」の歴史は、株式会社 大山の歴史といっても過言ではないほど、「ヘチマコロン」は大切に育ててきたブランドであり、それはこれからも変わることはありません。

素肌にやさしいスローコスメの代名詞「ヘチマコロン」シリーズを、これからも変わらずご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

ヘチマコロン・イメージ画像

売場への付加価値

現在、ヘチマコロンが原料として採用しているヘチマ畑があるのは、豊かな水を湛える阿蘇山の麓に位置する雄大な土地。

地面にヘチマの蔓を這わせる独自の地這方式で、無農薬・有機肥料で大切に栽培しています。

さんさんと降り注ぐ太陽の光と、天然のミネラル水を与えられ、無農薬、有機肥料で大切に育てられたヘチマの茎から、特許取得済の「低温採水方法」で「導管液」と呼ばれるヘチマ水が集められます。

ヘチマの茎の無数の細胞を通り抜けて生まれる神秘の水を、株式会社ヘチマコロンだけの丁寧で衛生的なプロセスで採水し、みずみずしいヘチマコロンのスキンケアがつくられます。

全国のご愛用者様からメーカーに寄せられた「熱い声」。それはヘチマコロンが長年かけて築き上げてきた付加価値といえるでしょう。その一部をご紹介します。

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  • 一時期は化粧水ジプシーで様々な化粧水を試しましたが、結局これに戻りました。定番、ロングセラーの「ヘチマコロン」。
    その最大の特長は、なんといっても、10年も20年もの間、使い続けている人がいる、という安心感でしょう。
  • 化粧水と併せて10年くらい使っている「ヘチマコロンの乳液」。
    よく伸びるので、少ない量でケアできるし、べたつかず、もちもち感が続くので好きです。
  • 街角の古い化粧品店の片隅にポツンと置かれていたレトロな瓶。これ1本あるだけで、自宅の化粧コーナーは大正浪漫の香り漂う癒し空間に大変身!
    もちろん、潤いのほうもなかなか。肌にやさしい使い心地がお気に入りの「ヘチマコロン 化粧水 ピュア」です。

商品画像(ヘチマコロン®)

カタログ画像

ヘチマコロン

ヘチマコロン・カタログ(表紙)ヘチマコロン・カタログ(1)

ヘチマコロン・カタログ(2)ヘチマコロン・カタログ(裏表紙)

ヘチマコロン® 製品カタログ 2020(1)ヘチマコロン® 製品カタログ 2020(2)

ヘチマコロン ピュア

ヘチマコロン ピュア・規定書

あづき®洗顔料

ヘチマコロンのあづき®洗粉・規定書【規定書】ヘチマコロン あづき®スクラブ